その1 グルホシネート
・簡易分析法
ペーパークロマトグラフ法.試料:血清,尿1ml.検出下限:100μg/ml
・機器分析法
プレカラム蛍光誘導体化HPLC法.試料:血清100ml.検出下限:0.001μg/ml
・重症化を予測できる血中濃度範囲:1μg/ml~
商品名
バスタ液剤R (グルホシネート18.5%)
バスタ液剤0.2R (グルホシネート0.2%)
ハヤブサR (グルホシネート8.5%)
主成分のグルホシネートの他に陰イオン界面活性剤,凍結防止剤として溶剤を含有する1).
1. 概 要
わが国におけるグルホシネート中毒の発生は年間100~200件と推定され,ほとんどが自殺目的による服毒中毒である.日本中毒情報センターへの問い合わせ件数は,1995年に51件,2000年は35件で,農薬中毒に関する問い合わせの3~5%を占めている.グルホシネート製剤の中毒では服毒後目立った症状がなく,服毒4~60時間の潜伏期の後に急激に悪化し,意識レベル低下,呼吸抑制,全身痙攣などが起こる.重症度は,服毒からの時間と,そのときの血清中濃度対数プロットから推測できる2).したがって,迅速な血中グルホシネート分析は,その後にきたる呼吸管理の必要性を認識させ,患者が不幸な転機をたどらないために大きな意義をもつ.
2. 簡易検査法
高価な機器を用いずに簡単な操作で分析できるのがペーパークロマトグラフ法3)であり,グルホシネート濃度が100μg/ml以上であれば定性が可能である.血清,尿試料はともに1mlあれば十分である.イオン交換セルロース濾紙を用い,分離したグルホシネートのスポットをニンヒドリン反応で発色させるもので,グリホサートやビアラホスなど,他の含リンアミノ酸系除草剤も同時に確認できる.展開に要する時間は,血清試料であれば1時間,尿試料は30分~1時間である.また,本法は製造元よりキットが提供されている*2.
3. 機器分析法
グルホシネートの分析法は,土壌や河川を対象としたものが世界的に報告されている4)が,生体試料を対象としたものはほとんどが日本で確立されている5).
グルホシネートが登録された1984年以来用いられているのが,残留農薬分析公定法6)の応用で,メチル化させたグルホシネートをガスクロマトブラフ法で分離定量するものである.最近では,誘導体化せずに20分程度で結果が得られる陰イオン交換クロマトグラフ電気化学検出法7),分析に2時間程度要するが,定性能力が高いミックスモード固相抽出GC/MS法8),全国の救命救急センター配備機器で分析可能なUV吸収誘導体化HPLC法9,10),微量分析が可能なO-methyl,N-acetyl誘導体化LC/MS法11)など多くの方法が報告されており,目的に応じた方法の選択が可能である.
プレカラム蛍光誘導体化HPLC法12)
小山2)の研究に用いられた方法で,公定法6)の応用,GC/MS法8),UV吸収誘導体化HPLC法10)との良好な相関性が確認されている.急性中毒患者の治療にあたる施設の機器保有状況などからみて,実用的な測定方法である.
【前処理方法】
① 血清100μlに0.1Mホウ酸緩衝液(pH8.5)を400μl,アセトンを1ml加え,ミキサーで混合後に遠心分離(3,000rpm,2min)する.
② 遠心分離して得られた上清50μlに0.1Mホウ酸緩衝液(pH8.5)200μl,0.1%9-fluorenylmethyl chloroformate(FMOC-C1)アセトン溶液200μlを加えて密栓し,混合する.
③ 40℃で10分間加温する.
④ その後,酢酸エチル500μlを加えて過剰なFMOC-C1を除去し,水層の10μlをHPLCに供する.
【分析条件】
装 置:LC-10ADVPポンプ,CTO-10ACVPカラムオーブン,RF10AXL蛍光検出器,SIL-10ADVPオートサンプラー,CLASS-VP解析ソフト(以上,島津製作所)
カラム:GLサイエンス製カラムInertsil ODS-2(内径4.6mm,長さ150mm,粒径5μm)
移動相:アセトニトリル/10mMリン酸緩衝液(pH2.5) 3/7(v/v)で7分間保持後,13分に1/1,15分後に8/2として1分間保持する勾配溶離法.
カラム温度:40℃
移動相流速:1ml/min
検 出:励起波長265nm,蛍光波長315nm
特 徴:1検体の分析所要時間は約40分.誘導体化は定量的で再現性もよい.また得られた誘導体は19時間は安定である.S/N=10としたときの検出限界は1ng/mlと微量分析が可能である.
4. 症 例13)
81歳,男性.自殺目的でバスタR 液剤を杯1杯(約30~40ml)ほどを服毒したとのこと.2時間後に緑色の吐物を嘔吐.3時間50分後に病院を受診した.来院時は,意識清明で中枢神経症状は認められなかった.服毒量が少ないことから,輸液にて経過をみるとともに,服毒約6時間後に採取した血清を分析に供した.服毒30時間後に,突然,意識レベルが低下し,呼吸も徐呼吸となったために気管内挿管を行った.4日後に抜管したが,服毒の記憶は消失していた.血中グルホシネート濃度は,問診で聴取した服毒量が少ないにもかかわらず,40.5μg/mlと重症化に入る値であった.また,入院から7日の間に尿中に排泄されたグルホシネート未変化体の総量は14gとバスタR 液剤71ml相当であり,患者は供述よりも多量に服毒をしていたと思われた.
5. 血中濃度と重症度
一般に,服毒量はその信憑性,嘔吐,吸収,とくに治療による未吸収薬剤の排除・吸収阻止により血中濃度の指標とはなり難い.重症化の予測のためには,血中濃度を用いることが推奨される.搬入時を含む2点以上で血中濃度の推移を見れば,血中消失動態を評価することも可能である.
6. 体内動態2)
服毒したグルホシネートの吸収は速やかで,血中濃度は服毒40~50分でピーク値となる.血中において血漿蛋白との結合率は1%以下で,ほとんどが遊離型で存在する.尿中総排泄量の95%は服毒24時間で排泄され,そのほとんどが未変化体である.血液脳関門の通過は不良と予想される.髄液には移行した症例がみられている.
7. 臨床所見2)
主としてグルホシネートそのものと製剤中に含まれている界面活性剤による中毒症状が出現する.服用直後は界面活性剤による嘔気,嘔吐がみられるが,この時期には意識障害は少ない.服用後6~40時間を経て,呼吸抑制,痙攣などのグルホシネートによる症状が急激に出現する.また,界面活性剤による中毒症状が進行すれば,全身浮腫,循環血液量減少性ショックなども合併する.その他の症状としては,逆行性部分健忘,振戦,眼球運動障害,眼振などがある.
8. 治 療
急性中毒の初期治療としては,胃洗浄,活性炭および下剤の投与,強制利尿が有効で,腎機能が低下していなければ血液浄化法の積極的な適応はないと報告されている2).全身管理としては,人工呼吸管理のほかに,痙攣,ショックなどに対する対症療法がなされる.
文 献
1) 石沢淳子:グルホシネート,日本中毒情報センター編:改定版 症例で学ぶ中毒事故とその対策,じほう,東京,2000,pp224-8.
2) 小山完二:グルホシネート(バスタR 液剤).救急医学 2001;25:141-3.
3) Suzuki A, Kawana M:Rapid and simple method for identification of glufosinate-ammonium using paper chromatography. Bull Environ Contam Toxicol 1989;43:17-21.
4) Stalikas CD, Konidari CN:Analytical methods to determine phosphonic and amino acid group-containing pesticides (Review). J Chromatogra A 2001;907:1-19.
5) 角田紀子:含リンアミノ酸系除草剤について(総説).法中毒 1990;8:100-11.
6) 後藤真康,加藤誠哉:増補 残留農薬分析法,ソフトサイエンス社,東京,1987,p136.
7) 佐藤清人,末次耕一,竹腰裕二,他:含リンアミノ酸系除草剤のイオンクロマトグラフィー電気化学検出.日本鑑識技術学会講演要旨集,2000,p84.
8) Hori Y, Fujisawa M, Shimada K, et al.:Determination of glufosinate and its metabolite (3-methylphosphinicopropionic acid) in human serum by gas chromatography-mass spectrometry following mixed-mode solid-phase extraction and t-BDMS derivatization. J Anal Toxicol 2001;in press.
9) 西田憲市,成原政治,堤 一博,他:水溶性除草剤のスクリーニング法の検討.日本鑑識技術学会講演要旨集,1998,p69.
10) Hori Y, Fujisawa M, Shimada K, et al.:Quantitative determination of glufosinate in biological samples by high-performance liquid chromatography with ultraviolet absorbance detection after p-nitrobenzoyl derivatization. J Chromatogra B;in press.
11) 本多正夫,佐藤 満,菊地道大,他:LC/MSによる含リンアミノ酸系除草剤の一斉分析.法中毒 2001;19:176-7.
12) 阿久澤尚士,赤岩英夫:蛍光検出-高速液体クロマトグラフィーによるDL-ホモアラニン-4-イル(メチル)ホスフィン酸の迅速定量.BUNSEKI KAGAKU 1997;46:69-74.
13) 堀 寧,広瀬保夫,小山完二,他:服毒量からは予想外の臨床経過,血中濃度を呈したグルホシネート中毒の2例-血中グルホシネート濃度の緊急測定の必要性について-(抄録).中毒研究 1999;12:218.
この記事についての問い合わせ先:新潟市民病院 薬剤部 堀 寧
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