・簡易分析法(イムノアッセイ法)
Triage 試料:尿140μl(検出下限:0.3μg/ml)
・機器分析法
GC/MS法 試料:尿5ml,検出下限:10ng/ml(エチゾラム代謝物)
1. 概 要
ベンゾジアゼピン系薬剤(以下,BZO)は,抗不安作用,催眠作用,抗痙攣作用,筋弛緩作用を有し,常用量と致死量の幅が広い理由から比較的安全な薬剤として世界中で広く用いられている.そのため,中毒の起因物質としても比較的入手しやすいと考えられる.表1に日本における代表的なBZOとその製剤をまとめた.
2002年度における(財)日本中毒情報センターへの問い合わせ件数は,医療用医薬品4,895件中でBZOは259 件であり,中枢神経系用薬1,574件の16.5%を占めている2).
日本中毒学会分析のあり方検討委員会による“薬毒物分析の指針に関する提言”3)のなかで,BZOは①医薬品のなかで中毒死者が多い,②拮抗剤(フルマゼニル)が存在する,③分析依頼頻度が高いといった理由から分析すべき品目に選択されている.一方,BZOの薬理作用は活性代謝物の影響があるため,未変化体の血中濃度分析は一般的に臨床には役立たないとされる4).したがって,意識障害などで薬物中毒が疑われる患者がBZOを服用したかどうか,定性分析を行うことが現実的な臨床上の意義といえるであろう.
2. 簡易検査法
イムノアッセイ法(トライエージ)
複数の薬物を簡易に定性できるトライエージは,実際に服用事例が多いBZOに対しては非常に有用と思われる 5).トライエージは,尿中に存在する一定濃度以上の乱用薬物やその代謝物を定性する競合的免疫学的測定キ ットであり,BZOのほかにもコカイン代謝物,覚せい剤,大麻代謝物,バルビタール系化合物,オピオイド(ヘロイン,モルヒネ),フェンシクリジン,三環系抗うつ剤をわずか10数分で定性することが可能である.
トライエージのBZOおよび代謝物の検出限界は約300ng/mlで,検体は尿のほかに胃内容物や血清を限外濾過 処理することで用いることができる.ピットフォールとして,来院時に採取した尿が陰性であった症例でも,その2 ~3数時間後に採取した尿で陽性を示す場合があり,これは来院時の尿に薬物(あるいは代謝物)が十分に移行していないことが原因と考えられる6).
3. 機器分析法
著者の経験では,救急医療の現場で迅速にBZOの服用を検査するにはトライエージで十分に目的を達せられるケースが多い.したがって,服用したBZOを化合物まで同定する必要がある場合,研究を目的とした場合には 機器分析が有用となる.
従来から報告されているGC/MS法7~12)のほかに,最近ではLC/MS法13~16)が報告されている.BZOは一 般的に血中半減期が短い1)ことから,服用から時間が経過した中毒症例においては,しばしば尿中代謝物を対 象とした質量分析法が有用とされる.今回は,トリアゾラム(ハルシオンなど)とエチゾラム(デパスなど)尿中代謝物 のGC/MS分析法9)を紹介する.
【前処理方法】
① 尿試料5mlにオキサゼパム-d5体(内部標準物質;IS)を1μg添加する.
② 試料に1M酢酸を加え,pHメーターを用いてpH5.0に調節する.
③ 100μlのβ-グルクロニダーゼ(15,000単位)を添加し,37℃で2時間インキュベーションを行う.
④ 次に試料へ1M酢酸を加え,pHを4.5に調節する.
⑤ 2mlの0.1M酢酸で平衡化したBond Elut Certifyに試料を導入して10mlの蒸留水/メタノール(90/10,v/v)で 洗浄し,続けて1mlの5%酢酸アンモニウム溶液で洗浄した後,ベンゾジアゼピン系薬剤を3mlの3%水酸化アンモニウム酢酸エチル溶液で溶出する.
⑥ 溶出液は66℃,窒素気流下,バイアル瓶中(ネジ栓ができるもの)で乾固する.
⑦ 乾固された試料に50μlのBSTFA:TMCS(99:1)を加えてネジ栓にて密封した後,75℃で1時間誘導体化を 行う.
⑧ 得られた誘導体溶液の2μlをGC/MSに供する.
【分析条件】
装 置:GC-17Aガスクロマトグラフ/GCMS-QP5050AHP-5973質量分析計(島津製作所)
カラム:HP-1MSあるいはHP-5MS溶融シリカキャピラリーカラム(15m×0.25mm i.d.,膜厚0.25μm,Agilent Technologies)
カラム温度:200℃(3min)・150℃/min・300℃(5min)
キャリアガス:He(1.2ml/min),3分間のスプリットレスモードで2μl注入
注入口温度:290℃
インターフェース温度:300℃
イオン化法:EI
検出質量範囲:m/z50~500
図1に,トリアゾラムの尿中主代謝物α-hydroxytriazolam,4-hydroxytriazolamおよびエチゾラムの尿中主代謝 物6-(o-chlorophenyl)-8-(1-hydroxyethyl)-1-methyl-4H-s-triazolo[3,4-c]thieno[2,3-e][1,4]diazepine(以 下,Etizolam M-Ⅲ),6-(o-chlorophenyl)-8-ethyl-1-hydroxymethyl-4H-s-triazolo[3,4-c]thieno[2,3-e][1,4] diazepine(以下,Etizolam M-Ⅵ)の各1μgをTMS誘導体化し,HP-1MSキャピラリーカラムで分離したGC/MSクロ マトグラムを示す.
図2に,α-hydroxytriazolam,4-hydroxytriazolamおよびEtizolam M-ⅢとEtizolam M-ⅥのTMS誘導体のマスス ペクトルを示す.
α-hydroxytriazolam,4-hydroxytriazolamおよびEtizolam M-ⅢとEtizolam M-ⅥのTMS誘導体のm/z415を用い た検量線は試料濃度20ng~1.0μg/mlの範囲で良好な直線性を示し(r>0.98),検出下限(S/N比5)は試料濃度 で10ng/ml,これら化合物を尿へ0.2μg/mlとなるよう添加したBond Elut Certifyの平均回収率は72%,RSD= 15%(n=5)であった(著者の実験データ).
次に,デパス0.5mg錠を20錠服用し,意識障害を起こした患者の服用5時間後の尿を分析したGC/MSクロマトグ ラムを図3に示す.このように,Etizolam M-ⅢとEtizolam M-Ⅵを尿中から検出することが可能であり,その濃度 はそれぞれ40ng/mlと51ng/mlであった.
4. 毒性・体内動態
BZOは,その受容体と結合し,中枢神経の抑制性伝達物質γアミノ酪酸(GABA)の抑制作用を増強させる17). 一般的に,BZOの大量服用による死亡は,エタノールやバルビツレートのような他の中枢神経抑制薬との併用で なければまれである.しかしトリアゾラムなど,効力の強い短時間作用型の薬物は単剤でも重篤な症状を発症す る場合がある17,18).
BZOの体内動態は化合物によって異なる.例えば,ジアゼパム(セルシンなど)の血中半減期は20~70時間で あるが,代謝物のN-デスメチル体などにも活性があり,その血中半減期は30~200時間と長い.一方,ブロチゾラ ム(レンドルミンなど)の血中半減期は7時間と短く,活性代謝物はない17).トリアゾラム(ハルシオンなど)は血中 半減期が2.9時間,水酸化体のα-hydroxytriazolamに弱い活性があるが,4-hydroxytriazolamは活性をもたない 1).
5. 臨床所見
急性中毒の臨床症状は,運動失調,傾眠,構語障害,昏睡,呼吸停止などが起こりうる.昏睡状態の患者は反 射が低下し,瞳孔径は正常あるいは小さくなる.このほかにも血圧低下,頻脈または徐脈,心抑制,口渇,嘔吐, 低体温などの報告がある17,18).
6. 治 療
経口摂取した後1時間以内の場合で,大量服用の疑いがあり,胃内に多く残留している可能性があるときに胃 洗浄の適応がある19).トコンシロップによる催吐はBZOの中枢神経抑制作用のため勧められていない.活性炭 と緩下剤の投与も服用後の早期であれば吸収抑制には有効である.BZOは血漿蛋白結合率が高いので強制利 尿や血液透析は有用とはいえない17,18).
重症例では,呼吸・循環管理を十分に行う.フルマゼニルはベンゾジアゼピン受容体の特異的拮抗剤で,鎮静 の解除や呼吸抑制の改善が期待できるが,治療における役割はいまだ確立されておらず,患者に痙攣の既往が ある場合などでは痙攣を誘発することがある17,18).
文 献
1) 日本医薬情報センター編:第27版医療薬日本医薬品集,じほう,東京,2003.
2) (財)日本中毒情報センター:2002年受信報告.中毒研究 2000;15:195-225.
3) 吉岡敏治,郡山一明,植木真琴,他:薬毒物分析の指針に関する提言.中毒研究 1999;12:437-41.
4) Rumack BH, Spoerke DG (eds):Benzodiazepines. Poisondexr Information System. Micromedex, Inc., Colorado, Vol. 83, 1996.
5) 吉岡敏治,郡山一明,近藤留美子,他:薬物スクリーニング検査キット「トライエージ」の有用性についての検 討.中毒研究 2003;16:63-71.
6) 野中規絵,田中敏春,木下秀則,他:尿中薬物スクリーニングキットTriage8でベンゾジアゼピン類が陰性を示 したエチゾラム中毒の1例.中毒研究 2001;14:176-7.
7) Jones CE, Wians FH Jr, Martinez LA, Merritt GJ:Benzodiazepines Identified by Capillary Gas Chromatography-Mass Spectrometry, with Specific Ion Screening Used to Detect Benzophenone Derivatives. Clin Chem 1989;35/7:1394-8.
8) West RE, Ritz DP:GC/MS Analysis of Five Common Benzodiazepine Metabolites in Urine as tert-Butyl- dimethylsilyl Derivatives. J Anal Toxicol 1993;17:114-6.
9) Black DA, Clark GD, Haver VM, Garbin JA, Saxon AJ:Analysis of Urinary Benzodiazepines Using Solid- Phase Extraction and Gas Chromatography-Mass Spectrometry. J Anal Toxicol 1994;18:185-8.
10) Meatherall R:GC-MS Confirmation of Urinary Benzodiazepine Metabolites. J Anal Toxicol 1994;18:369 -81.
11) Moore C, Long G, Marr M:Confirmation of benzodiazepines in urine as trimethylsilyl derivatives using gas chromatography-mass spectrometry. J Chromatogr B 1994;655:132-7.
12) Pirnay S, Ricordel I, Libong D, Bouchonnet S:Sensitive method for the detection of 22 benzodiazepines by gas chromatography-ion trap tandem mass spectrometry. J Chromatogr A 2002;954:235 -45.
13) Kronstrand R, Nystrom I, Josefsson M, Hodgins S:Segmental ion spray LC-MS-MS analysis of benzodiazepines in hair of psychiatric patients. J Anal Toxicol 2002;26:479-84.
14) Wang J, Shen X, Fenyk-Melody J, Pivnichny JV, Tong X:Simple and sensitive liquid chromatography/ tandem mass spectrometry method for the determination of diazepam and its major metabolites in rat cerebrospinal fluid. Rapid Commun Mass Spectrom 2003;17:519-25.
15) Toyooka T, Kumaki Y, Kanbori M, Kato M, Nakahara Y:Determination of hypnotic benzodiazepines (alprazolam, estazolam, and midazolam) and their metabolites in rat hair and plasma by reversed-phase liquid- chromatography with electrospray ionization mass spectrometry. J Pharm Biomed Anal 2003;30:1773-87.
16) Shiran MR, Gregory A, Rostami-Hodjegan A, Tucker GT, Lennard MS:Determination of midazolam and 1′ -hydroxymidazolam by liquid chromatography-mass spectrometry in plasma of patients undergoing methadone maintenance treatment. J Chromatogr B 2003;783:303-7.
17) 黒木由美子:ベンゾジアゼピン化合物,日本中毒情報センター編:改定版 症例で学ぶ中毒事故とその対 策.じほう,東京,2000,pp115-20.
18) 坂本哲也監訳:中毒ハンドブック.メディカルサイエンスインターナショナル出版,東京,1999,pp78-80.
19) 奥村 徹,吉岡敏治,白川洋一,他:学術委員会だより,急性中毒の標準治療-2-消化管除染① 胃洗 浄.中毒研究 2003;16:79-82.
この記事についての問い合わせ先:新潟市民病院薬剤部 堀 寧
E-mailアドレス horiy@xa3.so-net.ne.jp