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その6 有機リン系農薬

中毒起因物質の実用的分析法 有機リン系農薬

有機リン系農薬
・簡易分析法
  有機りん系農薬検出キット.試料:尿1ml.検出下限:10μg/ml.
  薄層クロマトグラフィー.検出下限:1μg.
・機器分析法
  GC/MS法.試料:血液(尿)0.5ml.検出下限:50ng/ml.

商品名(成分名)
 マラソン●(マラチオン)
 スミチオン●(フェニトロチオン,MEP)
 ディプテレックス●(トリクロルホン,DEP)
 DDVP●,デス●(ジクロルボス,DDVP)
 スプラサイド●(メチダチオン,DMTP)
 オルトラン●(アセフェート)
 カルホス●(イソキサチオン)

 1. 概   要
 有機リン系農薬(主として殺虫剤)は,コリンエステラーゼの作用を阻害して,神経終末での神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害するため,アセチルコリンの過剰刺激様症状が現れる.(財)日本中毒情報センターへの問い合わせ件数は,2001年に家庭用品25,299件中有機リン含有殺虫剤が69件,農薬用品1,054件中有機リンおよびその合剤の殺虫剤343件,有機リン剤含有殺虫・殺菌剤5件をしめている1).有機リン農薬の臨床症状はカーバメート農薬と類似するが,一般的に両者の治療では解毒剤PAMの適用が異なる.したがって,迅速な有機リン農薬の検査は,治療方針を決めるうえで有用である.また,有機リン製剤のなかにはメタノールを含有するものがあり,メタノール分析の併用を考慮するとよい.

 2. 簡易検査法2)
 高価な機器を用いずに簡単な操作で検査できるのが,迅速検査キットや薄層クロマトグラフィー3)である.有機りん系農薬検出キットは,関東化学(株)より販売されている.また,有機リン系農薬に特異的ではないが,コリンエステラーゼ活性値は有機リン系農薬中毒の指標となる.

 3. 機器分析法
 有機リン系農薬は疎水性の高いものが多く,溶剤で容易に抽出可能である.前処理方法としては,液-液抽出法4,5)や固相抽出法6)が利用できる.ただし,有機リン系農薬には揮発性があるため,抽出溶剤留去の際には注意を要する.機器分析は,高速液体クロマトグラフ法(HPLC)7,8)やガスクロマトグラフ法(GC)4,6)が報告されている.分析対象農薬が絞られている場合には,HPLC,GCのいずれでも分析可能であるが,一斉分析にはHPLCは不向きであり,質量分析計での検出が不可欠となる.以下に一例を示す.
 【前処理方法】
 a) 液-液抽出4)
  ① 試料2mlに精製水3mlを加えて撹拌する.
  ② 1.2M塩酸を加えてpH3.5に調整する.
  ③ n-ヘキサン8mlを加え,10分間振とうする.
  ④ n-ヘキサン層を新しい試験管に移し,n-ヘキサンを留去する.
  ⑤ 残●をn-ヘキサン100μlに溶解し,その2μlをGC/MSに注入して分析する.
 b) Extrelut●抽出5)
  ① 試験管に試料0.5ml,0.01M塩酸0.2mlを加えて撹拌する.
  ② Extrelut●カラムに試料溶液を流し込み,室温で20分間放置する.
  ③ 酢酸エチルで溶出する.
  ④ 溶出液4mlを新しい試験管に取り,窒素気流下で溶媒を留去する.
  ⑤ 残●を酢酸エチル0.3mlで溶解し,その1μlをGC/MSに注入して分析する.
 【分析条件】
 装 置:HP-6890ガスクロマトグラフ/HP-5973質量分析計(Agilent Technologies)
 カラム:HP-5MS溶融シリカキャピラリーカラム(30m×0.25mm i.d.,膜厚0.25μm,Agilent Technologies)
 オーブン温度:50℃(3min)-15℃/min-280℃(3min)
 注入口温度:170℃,検出器温度:280℃
 キャリアガス:ヘリウム(1.0ml/min),検出質量範囲:m/z 50-500
 【定量方法】
 定量には,重水素置換体を内部標準物質として使用することが望ましいが,検査試料中に含まれていない有機リン系農薬を代用することも可能である.表に中毒例の多い化合物の定量に用いるイオンを記したが,詳細は文献9,10)を参照のこと.方法は,各薬物のピーク面積値と内部標準物質の面積値の比をもとに,あらかじめ作成しておいた検量線より算出する.
 【分析上の注意】
 ① 有機リン系農薬には,揮発性を有するものがあり,治療者や分析者が二次汚染を起こすおそれのある物質である.薬液ボトルや胃内容物などの前処理操作はドラフト内で行うなど,換気に十分注意し,分析者の安全を守る必要がある.
 ② 試料保存中に分解するため,試料採取後,速やかに分析することが望ましい.
 ③ トリクロルホンは,GCの注入口内で熱分解してジクロルボスへとなるため,定量するにはオンカラム注入法などの特殊な技術を要する.

 4. 症   例
 50歳,女性.某日,自宅で倒れているところを家人に発見され,救急車で近医に搬送された.自室よりスミソン●(スミチオンとマラチオンの合剤)の空き瓶がみつかり,自殺目的による有機リン中毒であることが疑われた.搬送中に呼吸停止となり,救急隊による気道確保と補助呼吸が行われた.GC/MSによる有機リン系農薬分析の結果(ダイアジノンを内部標準物質として使用),近医搬入時の血清よりスミチオンとマラチオンが検出され,それぞれ血中濃度は4.58と0.95μg/gであった(図2).

 5. 血中濃度と重症度
 血中致死濃度については,パラチオン0.5~34.0μg/ml,フェニトロチオン16μg/ml,マラチオン1~2μg/mlなどが報告されている.また,これを経口致死量(体重50kg換算)でみると,パラチオン(ホリドール乳剤)1.4ml,フェニトロチオン(スミチオン乳剤50%,水和剤40%)103ml,マラチオン(マラソン乳剤50%)159mlとなる.

 6. 体内動態
 症状の発現は,吸入または注射で最も速く,空中散布された農薬を吸入した場合には,数秒以内に中毒症状が発現する.それ以外の場合でも,きわめて脂溶性の高い化合物を除けば,曝露後6~12時間以内に症状がでる.脂溶性の化合物の場合には,数日間から数週間たたないと中毒症状が発現しないことがある.
 有機リン剤は,生体に吸収されると肝臓で酸化され,p-s結合からより毒性の強いp-o結合となる.これがコリンエステラーゼを阻害し,各種受容体にアセチルコリンが蓄積することが,毒性機序の中心である.神経伝達物質としてのアセチルコリンの存在部位は,副交感神経節後線維終末(ムスカリン受容体),神経筋接合部(ニコチン様受容体)などで,これらコリン作動性の神経系が過度の刺激状態となってさまざまな中毒症状を惹起する.

 7. 臨床所見
 臨床症状は大きく三つに分類される.
 ① ムスカリン様作用による症状:流涎,流涙,気管支分泌過多,尿および便失禁,嘔吐といったいわゆる“濡れ症状”の他,気管支収縮,縮瞳,徐脈,心臓の伝導障害などがある.
 ② ニコチン様作用による症状:神経筋の所見として筋線維性束性収縮,痙攣,筋力低下,また交感神経性の所見として散瞳,頻脈,血圧上昇がある.横隔膜の筋力低下により呼吸困難や呼吸不全が起こる.
 ③ 中枢神経作用による症状:不安,興奮,錯乱,痙攣の他,情緒不安定や人格の変化も報告されている.
 その他,遅発性の障害として次の二つが重要である.
 a) 末梢神経障害:1~3週間の潜伏期を経て発症する多発性知覚・運動神経障害で,下肢から上肢へと拡大する弛緩性麻痺である.一般に,予後不良である.
 b) intermediate syndrome11):服毒後数日~1週間ほどして中毒症状の遅発・再燃がみられる病態で,突然の呼吸停止や,致死的な不整脈を伴う心筋障害が起こる.

 8. 治   療
 1) 緊急処置
 気道を確保し,酸素を投与し,適切な呼吸管理を行う.呼吸筋の筋力低下,突然の呼吸停止の他,痙攣,気管支の分泌亢進,気管支痙攣に備える.
 2) 特異的拮抗薬
 (1) アトロピン
 ムスカリン様受容体におけるアセチルコリンの作用を競合的に阻害する拮抗薬で,気道の分泌物を乾燥させ,気管支を拡張させる.初回投与量は1~2mg(静注).効果は1~4分で発現し,8分までに最大となる.効果が不十分な場合には5分ごとに投与を繰り返す.重症例では100mg以上が必要になることもある.
 (2) ヨウ化プラリドキシム(PAM,パム)
 有機リン剤によって不活化したコリンエステラーゼ活性を回復させる特異的拮抗薬.1~2g(20~40mg/kg)をゆっくり静脈内投与し,その後有効濃度(4μg/ml)12)を維持するために,0.5g/時で持続投与する.プラリドキシムは,酵素が不可逆的な変化(老化aging)を受ける前,すなわち通常24~36時間以内に投与することが推奨される.

 文 献
1) (財)日本中毒情報センター:2001年受信報告.中毒研究 2000;15:195-225.
2) 広島大学医学部法医学講座 編:薬毒物の簡易検査法-呈色反応を中心として-.じほう,2001,pp93-9.
3) 角田紀子:薄層クロマトグラフィーによる有機リン系農薬の一斉分析.衛生化学 1986;32:447-54.
4) 鈴木 修,屋敷幹雄 編:薬毒物分析実践ハンドブック.じほう,2002,pp453-60.
5) Kojima T, Yashiki M, Miyazaki T, et al.:Detection of S-methylfenitrothion, aminofenitrothion, aminofenitroxone and acetylaminofenitrothion in the urine of a fenitrothion intoxication case. Forensic Sci Int 1989;41:245-53.
6) Liu J, Suzuki K, Kumazawa T, et al.:Rapid isolation with Sep-Pak C18 cartridge and wide-bore capillary gas chromatography of organophosphate pesticides. Forensic Sci Int 1989;41:67-72.
7) 角田紀子:逆相高速液体クロマトグラフィーによる有機リン系農薬の分析.科学警察研究所報告 1987;40:16-23.
8) Cho Y, Matsuoka N, Kamiya A:Determination of organophosphorous pesticides in biological samples of acute poisoning by HPLC with diode-array detector. Chem Pharm Bull 1997;45:737-40.
9) 角田紀子,岸  徹:農薬の質量スペクトル-1.リン酸及びチオリン酸エステル系有機リン農薬-.科学警察研究所報告 1986;39:99-107.
10) 高市憲一,浦上義章,松本文之:ガスクロマトグラフィー質量分析法による有機リン系農薬の分析.科学警察研究所報告 1985;38:196-202.
11) Senanayake N, Karalliedde L:Neurotoxic effects of organophosphorous insecticides. N Engl J Med 1987;316:761-3.
12) Medicis JJ, et al.:Pharmacokinetics following a loading plus a continuous infusion of pralidoxime compared with the traditional short infusion regimen in human volunteers. J Toxicol Clin Toxicol 1996;34:289-95.

この記事についての問い合わせ先:広島大学大学院医歯薬学総合研究科法医学 奈女良 昭
E-mailアドレス namera@hiroshima-u.ac.jp

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