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その13 青酸化合物

分析が有用な中毒起因物質の実用的分析法 -その13- 

青酸化合物 
奈女良 昭,屋敷幹雄,中谷壽男 

・簡易検査法 
 ピリジン・ピラゾロン反応.試料:血液1ml(検出下限:10ng/ml) 
 北川式ガス検知管(血中シアン).試料:血液0.3ml(検出下限:2μg/ml) 
・機器分析法 
 GC/FPD法.試料:血液0.5ml(検出下限:1ng/ml) 

 1. 概   要 
 青酸(シアン化水素)や青酸塩類(青酸カリウム,青酸ナトリウム)は古くから毒物として知られている.青酸塩類は,電気メッキ溶液,冶金,写真工業,金属製品の加工研磨剤などの工業材料として,シアン化水素は,殺虫剤,殺鼠剤として船舶や倉庫の煙蒸消毒に用いられている. 
 青酸イオンは,細胞中にあるミトコンドリアのチトクローム酸化酵素の3価鉄イオンと結合して細胞の呼吸を障害する.そのため,体は低酸素状態に陥り,急激な機能停止となる.脳内の酸素が不足すると呼吸が抑制され,痙攣が生じ,呼吸停止となる.青酸塩類の致死量は,経口摂取で200~300mgといわれてい る. 
 自然界にもバラ科の植物(ウメ,モモ,アンズなど),南方産の豆(アオイ豆,ビルマ豆など)にはアミグダリンなどの青酸配糖体が含まれており,胃酸によって加水分解された遊離シアンが原因で中毒を起こすことがあるといわれている. 

 2. 簡易検査法1,2) 
 高価な機器を用いずに簡単な操作で検査できるのが,呈色反応や迅速検査キットである.呈色反応としては,ベルリン青反応,ロダン反応,ピリジン・ピラゾロン反応などが,迅速検査キットとしては,検知管やパックテストなどが知られている.生体試料中には反応を妨害する物質(チオシアン酸は顕著に妨害することが知られている)が混在するため,蒸留や拡散などの方法で青酸を抽出する必要がある. 

 3. 機器分析法3~7) 
 シアン化水素の沸点は25.6℃であるため,容易に気化させることが可能である.血液中青酸の分析は,血液を酸性にすることで発生したシアン化水素をヘッドスペース/ガスクロマトグラフ(HS/GC)法で測定することが可能である.検出には,感度と選択性が要求されるため,窒素・リン検出器(NPD:Nitrogen phosphorous detector,あるいはFTD:Flame thermionic detectorと呼ぶ)を用いる.また,誘導体化して GC/MSやHPLC,CEで分析する方法も報告されている.以下にHS/GC法での分析例を示す. 
 【前処理方法】 
① スクュリューキャップ(またはアルミクリンプキャップ)付きガラスバイアル瓶に血液0.5ml,1Mアスコルビン酸溶液0.03ml,蒸留水0.27mlを加える. 
② タフボンドディスク(PTFE/シリコンセプタム)で栓をして密封する. 
③ ツベルクリン用注射器で50%リン酸液0.2mlをとり,バイアル瓶に注入する. 
④ 50℃で30分間加熱する. 
⑤ ツベルクリン用注射器(ガラス製)でバイアル瓶中の気相部0.5mlを採取する. 
⑥ 速やかにGCに注入し,GCのデータ取り込みを開始する. 
⑦ GC測定後,青酸のピーク面積値を求める. 
 【分析条件】 
装   置:Agilent 6890 シリーズガスクロマトグラフ 
GCカラム:HP-PLOT Q(30m×0.53mm i.d.,膜厚40μm) 
注入方法:スプリット〔5:1(スプリットベント流量:25ml/min)〕 
注入口温度:200℃ 
検 出 器:窒素リン検出器(NPD) 
検出器温度:250℃ 
検出器ガス:水素3.0ml/min,空気60ml/min,メイクアップガス オフ 
キャリアガス:ヘリウム(5ml/min) 
オーブン温度:120℃(恒温) 
 【定量方法】 
  青酸の分析には適当な内部標準物質がないため,絶対検量法にて定量する. 
 【分析上の注意】 
① 室温付近で気化する成分の分析となるので,通常よく使用される液相をコーティングしたWall coated open tubular column(WCOT)ではなく,固相を担持したPorous layer open tubular column(PLOT)を使用する.青酸の分析にはポリスチレン-ジビニルベンゼン結合タイプカラム(HP-PLOT Q)が適している. 
② 青酸ガスは水に溶けやすいため,セプタムに付着した水滴がシリンジの針に接触すると,汚染を起こす原因となるので注意する.セプタム部も加温できるように考慮すると,水滴の付着による汚染が抑えられる. 
③ あらかじめツベルクリン用注射器(ガラス製)を加温しておくことで,吸入した気相成分(青酸ガスや水分)の吸着が抑えられる. 

 4. 症   例8) 
 31歳男性.痙攣発作,意識消失をきたし,服毒から約1時間半の病着時にはJCS300,GCS3,血圧100/70mmHg,脈拍:90/分,呼吸はほぼ停止,瞳孔:左右3.5mm,対光反射消失.FiO2 0.80での動脈血ガス分析でpH:7.049,PaCO2:28.0mmHg,PaO2:320mmHg,Base Excess:-20mEq/l,HCO3-:7.8mEq/l.亜硝酸アミル3pearlとチオ硫酸ソーダ10gを投与したのは服毒から2時間後であった.拮抗剤投与によって30分後には会話可能となり,酸素代謝に関する諸指標も図2のように劇的に改善した. 
 病態の指標 
 青酸の中毒機序は,ミトコンドリアにおける電子伝達系のcytochrome oxidaseを阻害することであり,酸素は消費されえず,ミトコンドリアは高度に還元化され,ついで細胞質も還元に傾く.中毒の重症度や治療による病態改善をみる指標として,図2に示したように肝臓のミトコンドリアのNAD+/NADHを反映する動脈血中ケトン体比(AKBR)が,理論的にもcytochrome oxidaseの阻害状況を直接的に反映する指標であり,また混合静脈血のガス分析によるPvO2は,中毒の結果としての酸素の利用状況を直接に反映する指標である.これら両者がきわめて鋭敏に病態を反映するが,測定の迅速性からはPvO2が実用的である.血中の乳酸(嫌気的代謝を反映)や,ピルビン酸/乳酸比(細胞質のNAD+/NADHを反映する)も鋭敏に病態を反映するが,前2者に比較すると鋭敏さには劣るものの迅速性では乳酸値も大いに参考となる.AST,ALT,LDH,CKといった逸脱酵素は鋭敏性,迅速性ともに劣る.なお,保存血漿で後日測定した血漿CNレベルは,入院時には1.2μg/mlと致死的濃度であったが,一時間後には検出下限以下に低下した. 

 5. 血中濃度と重症度 
 全血中のシアン濃度が1.0~2.5μg/mlで意識障害,2.5~3.0μg/mlで昏睡,それ以上では死亡するとされる. 

 6. 体内動態 
 主として尿中にチオシアン酸として排泄される. 

 7. 臨床所見 
 頭痛,めまい,呼吸困難,頻脈,悪心,嘔吐など.アーモンド臭を呈するとされる.進行すれば,意識障害,痙攣,不整脈,ショックが現れる. 
 服毒の情報が得られない場合には,意識障害,酸素投与により動脈血酸素分圧が維持されるにもかかわらず,高度のアシドーシスがみられること,顔面紅潮などから本中毒を疑う. 

 8. 治   療 
 拮抗剤としては,亜硝酸アミル,亜硝酸ナトリウム,チオ硫酸ナトリウム(米国ではこれらのキット)があるが,国内では亜硝酸ナトリウムの製品はなく,院内調製となる.亜硝酸はメトヘモグロビンを形成させ,これにCNを結合させることにより,cytochrome oxidaseへの結合と競合させる.チオ硫酸は,CNと結合して尿中に排泄可能なチオシアン酸を形成させることにより,CNの排泄を促進させる. 

 文 献 
1) 日本薬学会編:薬毒物化学試験法と注解-第4版-.南山堂.1992,pp75-83. 
2) 広島大学医学部法医学講座編:薬毒物の簡易検査法-呈色反応を中心として-.じほう.2001,pp3-20. 
3) 鈴木 修,屋敷幹雄編:薬毒物分析実践ハンドブック.じほう.2002,pp100-8. 
4) Seto Y, Tsunoda N, Ohta H, et al.:Anal Chim Acta 1993;276:247-59. 
5) Kage S, Nagata T, Kudo K:J Chromatogr B 1996;675:27-32. 
6) Miki A, Nishikawa M, Tsuchihashi H:J Health Science 2000;46:81-8. 
7) Chinaka S, Tanaka S, Takayama N, et al.:Analytical Sciences 2001;17:649-52. 
8) Nakatani T, Kosugi Y, Mori A, Tajimi K, Kobayashi K:Am J Emerg Med 1993;11:213-7.

この記事についての問い合わせ先:広島大学大学院医歯薬学総合研究科法医学 奈女良 昭 

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